【アートのお値段】1890年:「恵まれた時代」(ヴォラール『画商の思い出』1937年より)


エドゥアール・マネ
《ザカリー・アストリュクの肖像》 
1866年、
キャンヴァスに油彩、
90 × 116 cm、
ブレーメン美術館

「1890年」という

「恵まれた時代」


【資料】ヴォラール『画商の思い出』と「1890年」

「1890年!コレクターたちにとり、なんという恵まれた時代だったことか。そこいら中に傑作が転がり、それもタダみたいな値段で売られていた。[エドゥアール・]マネについては、かの並ぶもの無き《ザカリー・アストリュクの肖像》1000フランでもとめられたが、それは途方もない値段に思えた。私が思い出すのは、その僅か2、3年後には、オテル・ドゥルオーの競売で、ボードレールの許にあった《ソファの女》にやっとのことで1500フランの値がついたことである。私はアペナン街の6階にルノワールの重要な《裸体像》の絵を所有していて250フランの値を付けていたが、一顧だにされなかった。」

« 1890! Quelle époque bénie pour les collectionneurs ! Partout des chefs-œuvre et autant dire pour rien. De Manet, l’extraordinaire Portrait de Zacharie Astruc dont on demandait mile francs, ce qui semblait exorbitant. Je me souveins qu'à peine deux ou trois ans plus tard la Femme sur un canapé, qui avait appartenu à Baudelaire, fut péniblement poussée à l'Hôtel Drouot à quinze cents francs. J’avais, dans mon sixième de la rue des Apennins, un important Nu de Renoir dont je demandais deux cent cinquante francs sans qu’on daignât seulement le regarder. »

Ambroise Vollard, Souvenirs d'un marchand de tableaux, Paris, 1937, p. 32.


【比べてみる】20世紀初頭・シスレー作品の価格



アルフレッド・シスレー
《ポール・マルリーの洪水》
1876年、オルセー美術館

シスレー 《ポール・マルリーの洪水》は、画家の生きている間には180フランで売れました。しかし同じ作品が、シスレー逝去の翌年の1900年にモネ が開催した競売では、43000フランの高値で落札されました。これは画家生前の同作品売却価格の230倍以上にあたります。19世紀末 印象派 作品の評価額は既に異常な高まりを見せていました。

このモネが開催した1900年のアルフレッド・シスレー死後の売り立ての高額落札を考えるなら、マネ《ザカリー・アストリュックの肖像》1000フラン、《ソファの女》1500フラン、ルノワール《裸体像》250フランはやはり安いといえるでしょう。1890年はマネ-印象派ラインの作品のコレクターたちにとって「恵まれた時代」であったことは間違いないと評価できます。


【登場人物】

ザカリー・アストリュク(1833-1907)


ザカリー・アストリュク(Zacharie Astruc)は19世紀フランスの造形作家・批評家です。1865年のマネ《オランピア》批評ではマネを擁護し、1868年のサロンでもルノワールを評価しました。

コメント