【作品解説】《イニシャルQ》国立西洋美術館 内藤コレクション

はじめに

東京・上野の国立西洋美術館で2020年9月から10月に開催されていた特別展・内藤コレクション展Ⅲ「写本彩飾の精華 天に捧ぐ歌、神の理」 に出品されていた中世美術の作品のご紹介です。




【作品解説】

《イニシャルQ》

国立西洋美術館 内藤コレクション


作品概要

国立西洋美術館が誇る日本国内でも有数の西洋中世美術の収集品から、内藤コレクション()展出品作の写本挿絵です。イタリア北部の町ピサで、14世紀半ば(1330-40年頃)に描かれました。インクで文字部分を書き、金箔を施し、さらに顔料を用いた彩色が行われています。支持体には獣皮紙()が用いられています。

)内藤コレクション…中毒学の専門家である医師の内藤裕史が形成した中世彩飾写本のコレクション。

)獣皮紙…羊皮紙など、獣の皮を加工して作成した紙。美術史上においては中世の写本挿絵だけでなく、近世のミニアチュール肖像画の支持体としても使用されている。

表現の特徴:聖人像

聖務日課聖歌集の楽譜が記された一ページを彩る装飾部分です。植物文様でかたどられたアルファベットのイニシャル「Q」をかたどる中に、金箔をはった背地を従えつつ、さながらイコンに描かれたイエス・キリストのように、正面を向いた聖人の腰からのうえの部分、上半身が描かれています。これは自らの受難具である剣を手にした聖パウロであるとわかります。

)キリストや聖母像は中世の聖画像(イコン)中ではしばしば正面向きの姿で画中に大きく描かれる。なお、日本や東洋の仏画でも尊像は同様に正面向きで描かれる例があり、正面向きの像は同じくモチーフとなる人物の重要性を示している。

)受難具…キリスト教の教えに殉して命を落とした殉教聖人の最期にまつわる道具。造形作品に宙では受難具を身辺に表すことで、表現された聖人が誰であるか特定することが可能になるため、聖人の名前を直接画中に記すことがなくなる近世ヨーロッパ絵画では特に重要なモチーフとなる。

)聖パウロ…一世紀頃に活動したキリスト教の聖人。伝道活動に注力し、最後は剣で首を落とされた(参考作例:ロレンツォ・モナコ《聖パウロの斬首刑》1398年、プリンストン大学美術館)。なおペテロと異なり十字架に磔刑とならなかったのは、パウロがローマ市民権保持者だったことによるとされる。

色彩表現と素材の価値

背地・剣の鍔・柄頭は金、服と殉教の刑具=剣の刀身は青。金も高価な素材ですが、青も鉱物性顔料のラピスラズリで描いているとするのなら、この青色顔料も負けず劣らず高級品です。高価な画材を多用する挿絵付写本は宝物も同然といってよいでしょう。本作が良好な状態で残っているのは、宗教文化の実践の中で用いられた実用品というよりも、高価な素材を用いて制作された宝物にも等しい贅沢品・伝家の財宝として大切に保管されてきた結果なのかもしれません。

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