【中国の仏像】《菩薩立像》中国、南北朝時代・北斉、6世紀、石灰岩、東京国立博物館

《菩薩立像》
中国山西省長子県付近、北斉時代・天保3年(552)、
石灰岩、像高:180㎝、台座から光背頂上まで:257㎝、東京国立博物館

この投稿では中国・南北朝時代の北斉で6世紀に造られた《菩薩立像》についてご紹介します。

南北朝時代・北斉

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 東魏☞北斉
  • この像が作られた南北朝時代の中国北部では、東魏にとってかわって高氏の北斉(ほくせい)が建国されました。
  • 北魏による華北の統一から、斉・周を経て隋の成立にいたるまでを北朝と称します。

造形的特徴

 南北朝・北斉時代の特徴
  • 石灰岩で作られた菩薩の高さは180㎝、台座から光背の頂上まで257㎝あります。
  • 面長の顔、大きな手、ほぼ左右対称に表わされた衣の形が特徴です。
  • これらの特徴は5-6世紀前半の中国の南北朝時代の造形を受け継ぐものです。
  • 穏やかな表情は、この像が造られた北斉時代の特徴です。

 

石と造像

 光背と像/台座
  • 光背と像は一つの石でから作られています。
  • 台座は像本体とは別の石で造られています。

 

光背の化仏

出典:「ColBase」(リンク画像をトリミングして作成
 千体の浮き彫り
  • 光背の側面と背面には同じ形とサイズのモチーフが整列し無数に彫りつけられています。
  • この部分には小さな如来坐像が千体浮き彫りされています。

 

台座の銘文


 結縁の記録
  • 台座の四面に2000字を超す銘文が刻まれています。
  • 多くは結縁(けちえん)、つまりこの像の制作に関わって仏教と縁を結んだ人々の名前です。
  • 正面には、この像が現在の山西省長子県にあったことが描かれています。

君主一族と国民の安泰祈願

 国家と造像の関係性
  • さらに異民族討伐軍の将にして、長子県知事だった人物に関連する内容を持つテキストも確認できます。
  • それによると、妻・一族・郷里の人々とともに、北斉・文宣帝(526-559年。南朝・梁の武帝(6世紀前半)と共に熱心な仏教信者として知られる。)および大皇太后の長寿と国民の安泰を祈願する目的で、552年に像と光背の千仏を造ったと記されています。
  • 中国の仏教美術作品の制作に関して、国家と造像が強く結びついていた歴史的事実をわかりやすく示す作例です。

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