伝土佐光吉
《源氏物語図「胡蝶」》
17世紀、ミネアポリス美術館
はじめに
この投稿では、「ミネアポリス美術館」展(@サントリー美術館)出品作、伝土佐光吉《源氏物語図「胡蝶」》(江戸時代、17世紀)についてご紹介します。この作品は紫式部『源氏物語』の「胡蝶」の帖を絵画化したものです。巻名は紫の上と秋好中宮が贈った和歌「花ぞののこてふをさへや下草に秋まつむしはうとく見るらむ」及び「こてふにもさそはれなまし心にありて八重山吹をへだてざれせば」に由来します。
向かって右側には、金銀に輝く料紙上に、物語を書いたテキスト部分が確認されます。その左側には『源氏物語』の「胡蝶」の帖の内容を絵に描いた挿絵部分が付属しています。
向かって右側には、金銀に輝く料紙上に、物語を書いたテキスト部分が確認されます。その左側には『源氏物語』の「胡蝶」の帖の内容を絵に描いた挿絵部分が付属しています。
1. 土佐派のやまと絵
ミネアポリス美術館所蔵の本作は、土佐光吉の作として伝えられています。土佐光吉は源氏物語に取材した作品を数多く残しています。その例としては、《源氏物語画帖 》(京都国立博物館)、《源氏物語図屏風 》(京都国立博物館)、《源氏物語図色紙 》(石山寺)が挙がります。光吉の子、あるいは門弟として知られる土佐光則も《源氏物語画帖》(徳川黎明会)ならびに《源氏物語図屏風》(東京国立博物館)を描いています。ミネアポリス美術館の作品と同じ主題の作品としては、《源氏物語図屏風「胡蝶」》 (ニューヨーク・バーク・コレクション)が確認されます。
2. 「胡蝶」の帖
本作品が絵画化した「胡蝶」の帖では、六条院の栄華を極めた世界が展開します。舞台は花咲き誇る六条院です。紫の上の春の御殿で催された船楽と、翌日の秋好中宮の御読経初日での出来事が語られます。季節は春の盛り、三月二十日過ぎの頃です。紫の上のいる春の御殿の庭で、光源氏の君は造らせておいた龍頭鷁首の船に楽人を載せ、船楽を催しました。招かれた女房たちが乗った船が、西南の秋の町の池から築山を巡って、春の町へと漕ぎ出てきます。次の日は西南の町の主人秋好中宮の季の初日で、春の紫の上からは、鳥と蝶の装束をした女童八人を使いとして、金銀の瓶(かめ)にさした桜と山吹の花房が供せられました。
3. 物語と絵画表現
画面では金雲が装飾的に用いられています。この帖に取材した絵画部分には、二つの場面がひとつの画面に表現されています。ひとつは源氏の君の邸で催された春の宴の際に、豪華に飾った船に貴人や楽人が乗って水の上を描く様子です。もう一つの場面はその翌日の情景で、胡蝶の姿の童が送られてきたときのシーンです。ここには異なる時間に属する場面をひとつの画面上に並べて表す、異時同図法の使用が認められます。異時同図法は絵巻などの表現にも多用される、日本絵画の特徴的な時間表現の手法です。《源氏物語手鑑》 (和泉市久保惣記念美術館)でも「胡蝶」の場面に全く同じ趣向が凝らされています。
【部分図:画面中段右端】 簀子縁(簀子を並べて造った建物の外側の濡縁)に居並ぶ公達。 宴を上から見物する公達の左には、桜の花が咲き誇っています。 |
【部分図:画面下】 青い水の上を進む鷁首の船が見えます。 鳥の翼を背中に着けた女童が船の中程に立っています。 |
【部分図:画面中段左】 鳥の装束の女童たちの姿が庭に見えます。 花の使者たちは岸辺に降り立ったところです。 |
【部分図:画面下】 竜頭の船が右から左へと進んできます。 鴨が一羽舟の前を飛び先導しているかのようです。 |
4. 土佐光吉の作との比較
土佐光吉《源氏物語手鑑:胡蝶》(桃山時代、和泉市久保惣記念美術館)は本図とほとんど同じ構図・人物その他のモチーフといった画面内容を有し、ミネアポリス美術館の作品のモデルであると考えられます。
久保惣記念美術館の作品で土佐光吉は、画面左上にもふたりの公達を描いています。縦長のフォーマットに絵を描くミネアポリス美術館の作品は、このふたりの人物像を省略しています。また画面中段のふたりの公達は久保惣記念美術館の作品では大きめに描かれていますが、ミネアポリス美術館の絵では画面中段左端の鳥の装束の女童たちとほとんど変わらないサイズで描かれています。
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